お金がないということは罪であるとつくづく痛感させられる。
スーパーのお総菜売り場で見つけた大きなホタテが3個入っている海鮮丼がおいしそうでした。値段は税抜き498円です。税金を含めると500円を超えてしまうので買うかどうか悩みました。

 

私の金銭感覚では、500円は大金です。ちょっとやそっとの意思決定で決めれるようなことではありません。
どうしても海鮮丼が食べたかったのですが、何度も売り場を行ったり来たりして考えました。ただやはり断念したのです。

 

さすがに私の月給では1食500円は多すぎる!

 

最終的に貧乏性の心が勝ってしまい安いカップラーメンを買って帰りました。

 

この時思うのです。

 

お金がもっとあれば、健康すら買うことができるというのに、世の中はなんて理不尽なんだろうって

 

 

国にお金がないといい、マスコミは借金額が1000兆円突破などと国民感情をあおっていますが、実際のところどうなの?と思ったりもしています。

 

 

政権が民主党に変わったところで、国民に対する社会主義のような政策も大して取られることもなく、ぼろぼろの党へと追い込まれてしまった実態がありました。

 

一部では潤い、一部ではなけなしの金を取り合い、苦しいの状況が続いています。

 

 

 

これは自分のせいなのか?

人から言わせたら、お前のせいだろと言われてしまうことかもしれませんが、全員が全員自分の能力をしっかりと表現することができるだけの能力を持っていないということをご理解して頂きたい。

 

自分ではこう思っていても、そのパフォーマンスを体で表現することができなければ意味を成しません。

 

これは自分の努力不足なのかというとそうでもないと思っています。

 

考えても考えれないという人だっているわけですからね。

 

 

感情は強く持っている。願望も強く持っている。なのに、それをうまく出すことができないというのは非常に苦しいことだ。